生き方の延長線に創る空間。長野のセルフビルド小屋『山村テラス』から紐解く豊かな暮らし

Sanson Terrace

自然の中に溶け込んだ暮らしがしてみたい。そう思うことが私には良くある。

キャンプもそれに近い体験ができて好きだ。けれど、もっと持続性があり人が自然の循環の一部として暮らすことに憧れがあった。

憧れはするけど実際には家族もいるしそんな暮らしができるのか?と考えている時に見つけたのが、長野県佐久穂町の森の中に佇むセルフビルドされた小屋『Sanson Terrace(山村テラス)』だった。

この小屋では、山から沢水を引き、太陽光発電で電気をまかない、コンポストトイレで排泄物を分解し堆肥にする。つまり通信以外の公共インフラが繋がっていない空間であり、自然と共生するような暮らしを体験できる。

ここで小屋暮らしを体験すると共に、山村テラスのオーナー岩下大悟さんに『暮らしと空間』についてお話を伺ってきた。

正直、想像していたよりもずっと暮らしに対する1つの価値観のあり方を深く考えさせられたインタビューとなった。

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山村テラスは暮らし方から考えるひとつの答え

「何か理想的な暮らしを求めて小屋をセルフビルドしたのですか?」という問いに対して。

「きっかけは地元の仲間と何か面白いことがしたいと勢いで建て始めたんです。最初はそれ以外に特に深い目的はなかったんですよ。笑」と気さくに話してくれた岩下さん。

山村テラスができるまでのストーリーを話してくれた。

「建て始めた当時、小屋が形になっていくのが楽しくて朝は仕事前に夜は仕事終わりに夢中になってみんなで作っていました」と当時を振り返る。

仲間がいれば建つのも早い。この小屋が今の原型になるまで僅か3ヶ月だった。

しかし屋根と壁ができ雨風がしのげる空間ができた事に満足して、未完のまま約2年間小屋の存在を放置したと言う。

小屋を作る当時の様子
壁や屋根が張ったところ

長野の田舎で何ができるのか

岩下さんが20代後半に差し掛かった頃、田舎で何ができるのか・自分がここでどうやって生きていくべきかを考え始めたと言う。

「日本は地方にいても東京にベクトルが収束していくような価値観になっているような気がして。東京は東京、地方は地方。本当は地域ごとによって発展の仕方は全く違うんじゃないか。
自分たちが住んでいる地域に対して、もっとアイデンティティを見い出し、自立心を持って文化を育んでいく必要があるのではないか。」と話してくれた。

その後、岩下さんは以前から興味があったフィンランドに滞在することにした。

フィンランド人は”森の民”と呼ばれるぐらい田舎の森が好きと言われている。そのフィンランドに暮らす人々がどうやって田舎を楽しんでいるのかその文化に興味があったからだ。

フィンランドのサマーコテージ文化に影響を受けた

フィンランドでは多くの家庭が、普通に住む家の他にサマーコテージと呼ばれる小屋を所有している。

サマーコテージというと都会の人のために存在する別荘のような感じを想像するが、田舎に住む人たちでさえも自宅の1km先にサマーコテージを持っていたりすると言う。

なぜかというと、普段暮らす家に居るといろいろとやることがあり、結局時間に追われてしまうからだ。日常から切り離された非日常空間。サマーコテージとはそういう別の時間が流れる空間なのだ。

仕事が休みの日、水道も電気も通っていない小屋に来ては、サウナに入り湖に飛び込んで、焚き火してお酒を飲み交わして寝る。それが子供の頃からの文化として根付いている。

岩下さんはこのフィンランドの文化に魅了された。

湖畔でのんびり過ごすフィンランドの人々

日本では小屋というと、ミニマムな支出で仙人的な暮らしをするイメージが世間的に強いが、フィンランドの価値観は違っていた。小屋を日常から切り離された非日常空間として上手く暮らしに取り入れているのである。

便利で快適だけど日常に追われる家と、自然の中に身を置き本質的な暮らしや時間を楽しむ小屋。その2つの環境を行き来する生活は感性の往復をするということ。

小屋での自然に触れる豊かな生活があることで、慣れて気付けなくなっていた便利な家や都市の豊かさにも相互に気づくことができる。

岩下さんはこの相反する2つのライフスタイルを持つことが豊かに生きて行くための一つの手段だと感じた。

帰国後、仲間と作った未完成の小屋に可能性を見い出し荒削りの内装を整え始める。

小屋が意味を持つ瞬間だった。

暮らし方の先に見える空間

「周辺環境を含めて、ここでどんな時間を過ごすのか、暮らし方ができるのか。その考えを空間に反映させていこうと思った。」と岩下さん。

創りたいのは建物ではなく、その先にある一つの暮らし方や生き方に変わっていた。

どんな暮らしがしたくてその空間を作るのか。空間に合わせてどんな生活を送るのか、が多い都市の暮らしとは逆算的な考えだ。

この考え方にこそ本質があり、ひとつの暮らし方を追求した答えだと私には思えた。

「建てた時には何とも思わなかった風景もドアや窓に額縁のように木材で枠を付けてやるだけで変わってくるんです。」と岩下さんは教えてくれた。

当たり前のように見ていた佐久穂町の自然が美しいことに気付くことができたと言う。

いつも見慣れた茂来山はこんなに綺麗な山だったんだなと。

さらに「ウッドデッキを貼りテーブルと椅子を置くと、室内からの眺めがさらに引き立ちました。小屋だけちょこんと建っていた時より空間が活き活きするんです。」と語ってくれた。

暮らし方が見える建物が自然の中に建つことによって風景がもっと美しく引き立つのだなと私には感じられた。

Photo by Sanson Terrace

当初はこの小屋をオープンに解放して地域のイベントなどに活用する試みもしていたが、今では完全予約制で貸し出すスタイルを取っている。森に囲まれた小屋という空間が最大限に活きる利用方法だ。

フィンランドのサマーコテージ文化のように普段の忙しさを忘れ非日常的な時間を過ごしたい。

大日向地区の暮らしをより身近に感じられる『月夜の蚕小屋』

暮らし方から創る空間はなにもセルフビルドだけに限らない。元ある空間をリノベーションして意味を持たせることもできる。

山村テラスに続いて、大日向(おおひなた)地区の集落にあり使われていなかった築70年の元養蚕小屋を岩下さんは自分でリノベーションを始める。そして2016年には宿泊施設としてスタートした。

この場所はいくつか連なる民家の中にあり、山村の暮らしを身近に感じることができる場所だ。

手間が掛かっても大切にしたい山村暮らしの文化

この蚕小屋をリノベーションするにあたり、最初の片付けや掃除だけで6ヶ月の期間を要したと言う。何十年と使われていなかったものを使える状態にするのは簡単なことではない。

フローリングなどの建材も新しい材料を買った方が簡単で早いし総合的なコストは安くあがる。しかし、ここでは手間とコストが掛かっても元からこの空間を構成していた材料達を再生して使っている。

そうすることで、この空間には集落で積み重ねてきた暮らしの文化を感じられる空気が流れているのである。

家具や建具もできるだけ地元で調達したものが使われている。

二階の窓際にある机と椅子は廃校になった近くの小学校から救出してきたもの。一階のキッチン下の収納棚は音楽室で使われていた棚が活用されており、どちらも驚くほど空間に調和している。

空間づくりセルフリノベーションの醍醐味

もともと空間デザインは好きだったという岩下さんだが、最初から内装のイメージが明白に決まっている訳ではない。

初めに設定した空間のテイストも創り上げていく過程の風景を見ながら変化していく。その変化も楽しいし、プロではない素人ならではのセルフビルドやリノベーションの醍醐味だと語ってくれた。

知人の何気ない発言からインスピレーションを得てデザインが決まったり、お客さんや家族など様々な人からの発言で完成イメージをアップデートしてきたと言う。

この話は自宅を自分でリノベーションしている私自身とても共感できる話だった。創られていく風景を見ながらもっと良くなりそうなイメージが自分なり他人なりから湧いて、そのアイディアが見事に空間にハマると何とも言えない爽快感を覚えるのだ。

実際にモノづくりに感性が表れていて面白いなと思った箇所が、玄関に設置されている元障子戸。

障子と一緒に使われている竹は地域では厄介者とされるが、暮らしに取り入れれば風情のある装いになる。

しかもこの戸は締めれば人が暮らしていることを緩やかに知らせる絶妙なニュアンスの仕切りに。

山村集落の人と人の繋がりは都会より強いが、こういった緩やかな仕切りによってプライベートをシームレスに区切っている微妙なバランスのとれた塩梅なのだなと私には思えた。

都市で暮らす私が作ればきっと玄関は完全に空間を仕切ってしまいたくなる。岩下さんが暮らす土地の文化がモノづくりに反映されているのがとても興味深い。

東京でも下町で玄関に暖簾をかける文化が残っているが、それとどこか似たものを感じた。

さりげなくも空間を引き締める地元のハルニレ材

『月夜の蚕小屋』の空間をグッと引き締めているのが一本の丸太から切り出したハルニレの板材だ。ハルニレは長野で見る事ができる木。

地元の木材屋さんで長い間使われていなかったハルニレの丸太に運良く出会ったと言う。切り出したものが、ダイニングテーブルやキッチンのワークトップなどさまざまな所で贅沢に使われ空間の雰囲気を決定づける要素となっている。

地元の食材を買ってきてこのキッチンで調理し、テーブルで食べるも良し。

山村の暮らしのなつかしい様な文化に浸りゆっくりと滞在したい宿泊施設だ。

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自然と共生する小屋の暮らしは1人の人間であることを思い出させてくれる

ここからは実際に私が山村テラスで過ごした体験談を書いてみたい。

まず小屋で過ごして感じたのは、人間も自然環境の一部になることで自分を客観的に見つめなおせるということだ。

私たちが苦しんでいようが楽しんでいようが淡々と生き続ける自然の中にいると、普段都会で感じていたことなんてちっぽけなものに感じた。

自分が客観視できることで「元々の人間にリセットされる」という言葉がしっくりくる。きっとこの感覚がフィンランドのサマーコテージの文化なのだろう。

また、朝起きてから夜寝るまでの行動の隅々に自然環境資源の有り難さと、それらの資源を活用して生きることの豊かさを感じることができた。

太陽光発電、山の沢水、コンポストトイレ。自然の資源と循環

長野県東部は晴天率が高く年間を通した日照時間が日本トップレベルで長い。

それゆえこの地域では太陽光発電と相性が良いという特徴がある。海沿いで風が強ければ風力、沢が敷地内に通っていれば小型の水力発電、と自家発電は土地の特徴に合わせて組むのが良いのかもしれない。

太陽光パネルは2枚だけだが、晴天の日にはお昼にはバッテリーは満充電されるという。

山村テラスには計460Ahのバッテリー容量(=iPhone Xを約170回充電できる)を備えている。このサイズの小屋にしてはかなり大きな容量だが蓄電量が減少しすぎるとバッテリーを痛めてしまうため天気が悪い日が続けば節約してみるなど、自然環境との付き合いも楽しんでおきたいところ。

ちなみにもっとも消費電力が大きい冷蔵庫が電力の大半を占めるそうだ。

水は山の沢水を引っ張ってきており水質的にもとても綺麗で生活用水にも使う事ができる。蛇口から24時間ずっと水が出続けているのは何故か贅沢を感じる。

沸かせば飲むこともできるが、部屋の飲み水だけは水道水をキャンプ用の簡易タンクに貯めて持ち込んである。

人の暮らしで使う水のほとんどは飲み水ではなく生活で使うその他のことだ。3人で泊まったが飲み水はキャンプ用タンクで全く不便しなかった。

トイレはコンポストトイレといって、タンクに溜まった排泄物を微生物が分解して無臭の堆肥にしてくれる仕組み。

普段インフラが整備され尽くした便利な都市生活を送っていると、このような自然資源を活用して生きる仕組みにワクワクする。普段見過ごし利用できていない資源を使っているという事実に贅沢すら感じるレベルである。

山村テラスでの体験

朝は窓からの光と鳥の声で清々しくロフトで目覚めることができる。友人は一階のソファーベッドで就寝したが、どちらもカーテンなどは付いていない。ここでは人間が時間を制御することはなく、時間を司るのは太陽の光だ。

山から引かれた沢の水で顔を洗って見上げると、森の木々の新緑が最高に気持ちいい。

天気も陽気も良いのでデッキで朝食を頂くと景色で幸せになれた。

ちなみに長野といえばやっぱりご当地スーパー「ツルヤ」に寄っておきたい。ここで調達してきた信州りんごジュースや山賊焼を朝から食す。

友人は朝から小屋に常備してある手回しミルで豆をゴリゴリ挽いてコーヒーを入れていた。

小屋の裏手に回ると通路右手にはトイレが2つ。

さらに奥に行くと最近になって完成した離れの部屋がある。ここにはベッドを設置できるので寝ることもできるし、テーブルもあるのでPCを開いたりお化粧をしたりと多用途に使える。基地っぽくてワクワクする空間。

小屋に用意されている熊よけの鈴を付けて山に散策に。

あの道はどこまで続いているんだろう。この沢はどこから湧き出ているんだろう。どこまでも行きたくなってしまう。大人だって山で遊ぶのは楽しいのだ。

完全に余談だが、宿泊者が自由に記入できるノートには外国人の方々から「こんなに自然があり鳥の声が聞こえるのにベアーがでない!どこに行ってしまったの?最高よ!」みたいな事が多数書かれていた。海外では大自然に熊は付き物なのだろうか…笑

山で適当に枝を拾ってきて、朝食で飲んだりんごジュースの瓶に飾る。こういう自然との戯れが本当に楽しい。

これぞ自然の中に暮らす醍醐味だ。忙しさで忘れていた本来好きなことを思い出させてくれる。

山々が眺められる窓のテーブルで本を読んだり、ハンモックに揺られ昼寝したり。ゆったりとした時間を過ごした。

夜は夜で佐久市周辺で採れた食材を調達して、長野の地ビールで乾杯。徹底的に地元のものを楽しむスタイル。

この日は満月で人影ができるぐらいの月明かりだったため星はほどほどだったが、新月の日であれば満点の星空が楽しめると思う。

月明かりに照らされた山々。玄関扉にはこの光景がモチーフとして描かれている。

そのまま夜は焚き火を囲んで友人達と語り合う。

この小屋でとても素敵な時間を過ごすことができた。

現地の人が暮らしを楽しんでいることに魅力がある

山村の暮らしを体験できる宿泊施設や、小屋暮らしの体験を提供することで結果的に地域活性化にも貢献している。

実際に岩下さんの作った小屋に泊まったことがきっかけで佐久穂町に移住した人もいるという。

「住んでる人が現地のスタイルで暮らしを楽しんでいる。そういう様子に魅力があり人が集まる。それが結果的に地域おこしに繋がっているのではないか。」と語ってくれたのが印象的だった。

2018年5月には同じ佐久穂町内に岩下さんがリノベーションを手掛けた3件目のコテージ『ヨクサルの小屋』もオープンした。

東京から佐久平まで新幹線で約1時間。佐久平駅からレンタカーを借りて30分ほど。2018年4月末に佐久市から佐久穂町まで中部横断自動車道という無料の高速道路が開通したのでとても快適に山村テラスまで辿り着くことができる。

東京から2時間弱で来れるならセカンドハウス感覚で都市と山村の感性を行き来するのもまた人生を豊かにしてくれる1つの答えなのかもしれないと感じた。

>>『Sanson Terrace』Webサイトへ

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